2026年3月3日、東京大学大学院情報学環・田中東子研究室とともに実施した「放送業界の労働環境調査」の結果を公表しました。
公募型で実施した本調査に、勇気をもって回答してくださった方々、また情報拡散にご協力いただいたみなさまに心より感謝申し上げます。
本調査で得られた結果は、今回の調査にご協力くださった方々から報告された実態、回答者の傾向を意味するものであり、これをもって業界全体の傾向を把握することはできません。
しかし、これまで十分に可視化されてこなかった声を記録し、社会に共有するものです。
記者会見には多くのメディア関係者が参加し、記者席は満席。「女性回答者の4割が性的誘いを受けた経験がある」「女性回答者の1割が不同意性交を含む重大な被害を経験している」といった調査結果は、重く受け止められました。
また、質疑応答でのやりとりからは、業界団体による横断的な調査の必要性に対する、参加メディアの関心や期待もうかがえました。
業界全体の傾向や構造的課題をより確かに把握するため、関係団体による横断的かつ継続的な調査の実施を、引き続き求めていきます。
会見の概要は下記の通りです。
※記者会見で配布しました報告書(速報版)やその他資料は、こちらからもご覧いただけます。
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放送業界の労働環境調査 結果の概要
「放送局で働いた経験のある183名」を分析/女性回答者の4割が性的誘いを受ける被害/1割は不同意性交を含む重大被害経験
1980年代から2020年代までの被害、広く報告
2026年3月3日
東京大学大学院情報学環・田中東子研究室
一般社団法人社会調査支援機構チキラボ
はじめに
2023年8月29日、ジャニー喜多川氏による数々の性暴力について、「外部専門家による再発防止特別チーム」が「調査報告書」を発表しました。この調査の中では、「メディアの沈黙」についても触れられていました。さらに2025年3月31日、株式会社フジ・メディア・ホールディングス、および株式会社フジテレビジョンによって設置された第三者委員会によって、中居正広氏による性加害事案および関連事案についての調査報告書が発表されました。ここでは、類似事案が複数とりあげられおり、さらなる横断調査の必要性を示唆するものとなっていました。
しかしその後も、放送業界で幅広い横断調査が行われるには至っていません。業界風土を改善するための試みが進まないことが、次なる「メディアの沈黙」を生まないかが懸念されます。
これら一連の問題を受け、放送業界のハラスメントの実態について明らかにするための業界横断調査を実施することといたしました。
調査は、東京大学大学院情報学環・田中東子研究室と一般社団法人社会調査支援機構チキラボ(東京都中央区、代表理事荻上チキ、以下チキラボ)が共同企画し、実施いたしました。
放送業界の労働環境調査 結果のポイント
※公募型調査の結果であるため、業界全体を代表する数値や傾向とは限らない点、ご注意ください。
※回答で報告された被害は1980年代から2020年代まで幅広い期間にわたっています。2010年代の被害報告が本調査への回答者の中では最多となっています。必ずしも「現時点での被害」ではない点、ご注意ください。
(1)不同意性交などの重大な性暴力被害ほど、女性に偏る傾向が
・女性の回答者(119名)のうち、約4割が「性的な関係の誘い」を受ける被害を経験、約1割は「性的な関係を強要される」被害や、性的な言動に拒否・抵抗したせいで不利益な取り扱いを受ける報復被害、性的接待要員にあてがわれる被害の経験があった
・男性の回答者(62名)ではほぼ報告がなく、性暴力などの深刻な被害が女性に偏る傾向があった
〈関連する自由記述例〉
・入社後に、上司から個室に呼び出され膝枕してくれない?今夜泊まらせて、お風呂に一緒に入りたいなどと言われた。
・性的な誘いをやんわりと逃れたことがあり、酔っていたからだと思いあまり気にしないでいたが、一緒に仕事をしている職場で、上司に、私の仕事ぶりが信用ならないので、「○○(私)を下ろさなければ自分が下りる」と言われた。
・演者から、メールでホテルに誘われることが頻繁にあった。断るごとに、2人きりの空間になった際に、「なぜホテルに行かないのか」と詰められ、時々叩かれたりしていた。

(2)被害のエスカレーション構造が存在
・男女ともに「性的な冗談やからかい」や「性的な事実関係に関する質問を受ける」経験を持つ人が回答者の中では多数存在するが、「性的接触・誘い」(「食事やデートへ執拗に誘われる」経験や、「不必要に身体を触られる」経験、「性的な関係の誘いを受ける」経験)は、「性的な関係の誘いを強要される」経験や「性的な言動に拒否・抵抗したことで不利益な取り扱いを受ける」経験、「性的接待要因にあてがわれる経験」など、重大な性暴力被害の経験がある回答者ほど多くなる傾向。
・〈重大な性暴力被害経験者〉では「食事やデートへ執拗に誘われる」の経験率(「たまにあった」「よくあった」を合わせた回答の割合)は90.3%に対し、〈重大な性暴力被害経験なしの者〉では23.0%
・〈重大な性暴力被害経験者〉では「不必要にあなたの身体を触る」経験は74.2%に対し、〈重大な性暴力被害経験なしの者〉では22.4%
・〈重大な性暴力被害経験者〉では「性的な関係の誘いを受ける」経験は77.4%に対し、〈重大な性暴力被害経験なしの者〉では15.8%
※「性的な関係を強要される」「性的な言動に対して、拒否・抵抗したことにより、不利益な取扱いを受ける」「性的接待要員にあてがわれる」のうち1つでも「よくあった」「たまにあった」のいずれかを選択した回答者を「重大な性暴力経験あり」の方とした。
・つまり、「性的接触・誘い」(「食事やデートへ執拗に誘われる」「不必要にあなたの身体を触る」「性的な関係の誘いを受ける」など)という行為が、強制性行などの重大な性暴力につながっていくゲートウェイ行為となっている可能性がある。
〈関連する自由記述例〉
・職場の年上の先輩に執拗に食事やデートに誘われ、毎回は断り切れずたまに食事などに一緒に行くと次第にエスカレート。自宅のポストに何通もいかに私のことが好きかなどが書かれていた手紙を投函されたり、次第には私の自宅に入れるまで帰らないと玄関先に座り込まれ、仕方なく入れると性行為を強要され、キスや身体をなめるなどの行為をされた。

(3)他者の被害目撃、対応、ケアを担う立場にも置かれやすい女性
・女性は被害を引き受け、対応やケアを担う立場にも置かれやすい可能性が示唆される。
・例えば「食事やデートへ執拗に誘われていた」ところを、「目撃した」経験は女性では44名、男性では11名である。
・さらに同項目で「相談をされた」経験については、女性で44名と、目撃人数と同じなのに対し、男性では6名と大きく減っていた。

(4)ハラスメントを助長する業界の構造的問題
・ハラスメントが職場の上下関係や関係者の取引利害の中に組み込まれる状況、報復の恐怖の中に組み込まれる状況が存在し、被害者が加害者に従わざるを得ない状況で発生している可能性。
・上下関係が強かったり、業務範囲が曖昧であったり、攻撃的で支配的な振る舞いが評価されやすいという職場環境の上に、「性的モノ化」を促す職場環境が重なると、重大な性被害が生まれる可能性が示唆される。
・〈重大な性暴力経験をしたことがある回答者〉(31名)の、被害を受けた当時の職場環境は、「女性らしい・男性らしい容姿や身体が求められる」「他人の恋愛に干渉する」「性別を理由に、仕事のサポート役に選ばれる」について、「よくあった」「たまにあった」を合わせて約6割〜7割となっている。対して、〈重大な性暴力経験のない回答者〉(130名)では同項目は、約4割となっている。
〈関連する自由記述例〉
・著名人が来訪し、局をあげて歓迎し、みなでホテルの最上階のバーに飲みに行ったが、知らないうちに二人きりにされていた。そのうちその著名な人物から「部屋で飲まないか?」と誘われた。しかし、なんとかお断りしてホテルを抜け出して帰宅。それでも何か局に対して悪影響があってはいけないと思い、翌朝ホテルのフロントに謝罪の手紙を届けたのを思い出す。
・男性の出演者、テレビ局の「偉い人」が来る飲み会に参加して、彼らに気を使い、楽しませる「接待役」をさせられた。お酒の席で、性的な話題をもちだされること、体を触られること、「罰ゲーム」として性的なことばを言わせられることがあった。
・ある夜、その共演者から「部屋に来ないか」とのメールがきた時には、断ると翌日の収録がどうなるのか心配で、またこの先も続く番組運営にどんな影響が出るのか悩んだ。
・(宿泊先の)部屋の中までついてこようとしたが、ロビーのトイレに逃げた。(お酒を強要されていたので)トイレで吐き続けた。その性的な誘いおよび宿泊先への侵入をしようとしたプロデューサーは(中略)悪評は知られており、これまでにも何人も被害にあっている、局の看板的な存在だった先輩も目の前で胸をもまれているのも見たが笑ってごまかしていたから、仕方ないという反応だった。

(5)被害の深刻な影響と対策の実効性
・被害経験後の状況については、「自殺を考えた」と回答した人は39名、「職場・仕事を変えた」は30名、「引っ越しを考えた」は13名おり(複数回答)、被害は心身の健康だけでなく、就労や生活基盤にも深刻な影響を及ぼしている。
・職場環境が改善されてきた様子も示唆されている。被害が発生した当時の職場環境と、今の職場環境に関する回答を比較すると、特に「暴言、罵声、粗暴な振る舞いが当たり前のように行われる」、「飲み会参加を求められる」、「上下関係が厳しい」では減少幅が大きく、攻撃的なコミュニケーションや強い権力勾配が被害当時よりも弱まっている可能性が示唆される。
・ハラスメント対策の「意識」は向上している。現在の職場において「部署や部局の違いをこえて人権やハラスメント対策への意識が高まっている」について「とてもそう思う」と回答した方は29名、「まあそう思う」と回答した方は62名と、回答者の64.1%が肯定的に回答している。
・一方で、相談窓口の機能や適切な対策といった具体的な制度や運用の定着に対する肯定的な評価は半数以下にとどまり、現場での実効性に大きな課題が残っている可能性。
〈関連する自由記述例〉
・自分の中では、次はどう上手くかわせば恥をかかなくてすむかという心配ばかりしていた。この人物によるセクハラ(セクハラの範疇を超えていると思うが)は、私以外の女性職員にも及んでおり、私より若いある女性職員は深刻な被害をうけてその後退職することになった。
・上司からのセクハラ、パワハラ(それまでやっていた仕事の担当を外された。理不尽に耐えきれず、別の仕事を手伝うようにしたらその態度が気に食わなかったみたいでますます嫌われた)がひどく、精神疾患をわずらい休職→退職、転職しました


(6)フジテレビ第三者委員会報告書に対する評価
・回答者のうち、約5割が報告書において「正しく性暴力が認定されている」「ハラスメントを生む組織風土や慣習、構造を十分にとらえている」と評価
・一方で「類似事例が十分に明らかになっている」「業界横断的な問題構造を十分にとらえている」「経営や現場の管理責任者の問題を十分にとらえている」については、肯定的評価が3〜4割にとどまる。
・同報告書で指摘された事案や状況と類似する経験をした回答者数が一定程度存在していた。「「女性が必要/いた方がいい」という理由で女性を飲み会・接待に誘う/誘われる経験」は99名が経験したことがあると回答し、「ハラスメントを行った人物が昇進・就任するなど不当な人事が行われていると感じた経験」は119名が経験したことがあると回答している。


提言

提言1:「性的な冗談」といった「小さな」加害・被害を見逃さない職場環境をつくるため、研修内容を徹底する。
- 現場を監督する立場にある職員や組織が、明確なメッセージを発信する
- 「傍観は加害への加担」であることを自覚し、「行動できる傍観者」(アクティブ・バイスタンダー)の介入実践などをトレーニングする。
提言2:業務と私的時間・空間との境界が曖昧な領域で、深刻な被害の発生するリスクがあることを、職場全体で共有し、業務範囲・空間を明確化する。
- 業務領域と私的領域の境界が曖昧になる場面を可視化・リスト化する
- 働く人たちそれぞれの私的領域の「境界」を理解し合う
- 「つながらない時間」を決める
提言3:取引関係にある利害関係者との会合では、特にハラスメントや性暴力のリスクが高まることを現場の責任者が自覚したうえで、個人を会合に置き去りにしたり、孤立化させないようにしたり、連絡を取り合うよう徹底する。
- 公正取引委員会2025年9月公表の「実演家等と芸能事務所、放送事業者等及びレコード会社との取引の適正化に関する指針」を徹底し、そもそも透明性のある取引関係を保つ
- 取引先との会合には複数名で参加するなど、孤立化を防ぐ対策をルール化する
提言4:現在進めているハラスメント対策を徹底し、着実に実効性のあるものへと進めていく。特に、研修体制および相談体制の構築と、定期的な環境調査の実施を確保する。
- 人権デュー・ディリジェンスの実施を徹底する
- リソース不足で対策が後回しになっている組織を業界全体でサポートできるような、業界標準の研修を実施する中間団体の支援・構築など
提言5:民間団体による自主調査では回答の収集に限界がある。関係団体による同一項目・同一方法・同一範囲による、回答者の不利益に配慮した丁寧な横断調査を実施する。
調査方法
東京大学大学院情報学環・田中東子教授研究室、一般社団法人社会調査支援機構チキラボとの共同調査として実施。
- 調査対象:放送局という職場に関わった経験のある方(社員、フリーランス等を含む)
- 調査方法:メールおよびウェブ、SNSによる公募型調査
- 調査期間:2025年5月中旬〜2026年1月
- 調査倫理:回答者の心理的負担に配慮し、合意撤回ルートの確保、匿名性を担保した調査結果の公表、調査冒頭に相談窓口等を案内、質問の選択肢に「答えたくない」を用意などの対応。東京大学倫理審査委員会の承認を得て実施
