「熱中症にならなければ大丈夫」ではない 安全な室温はすべての人の権利

当たり前になった猛暑。でも「快適な室温で暮らす権利」はまだ認識されていない

世界に気候危機が最悪の事態となっていることを印象付けたワード「地球沸騰化」。これは2023年の7月に、世界の平均気温が観測史上最高記録を更新したことを受け、グテーレス国連事務総長が述べた言葉です。さらに、2024年は観測史上最も暑い1年であったことを、世界気象機関(WMO)が発表しています。

 

日本でも2023年に引き続き、2024年の夏は統計開始以来の記録的な猛暑となりました。気象庁がまとめているデータでも、日本の年平均気温は確実に高まっている様子がわかります(注1)

図1 日本の年平均気温の偏差

 

(気象庁2024『気象業務のいま』に掲載の図表を転載)

 

気候変動による異常高温がもたらす深刻な問題の一つが、人間への健康被害です。

日本では2023年5月に「気候変動適応法」が改正され、熱中症に対する対策が強化されました(注2)

 

しかし現状の対策には問題点があります。「熱中症」という特定の健康被害にのみ焦点を当てており、そうした特定の被害を回避するにはどうしたら良いかという議論となってしまっているのです。当然ながら高温による人間の健康リスクは、熱中症だけではなく他の病気や、メンタルヘルスにとっても脅威となりえます。

 

より包括的に対策を考えるためには、「安全な室内温度の確保」を基本的人権と捉える視点が必要不可欠です。地球全体が「沸騰化」していると指摘されるほどの事態において、誰しも「安全な室内温度」のもとで暮らせるにはどうしたら良いか。この問いから、対策をスタートさせるべきではないでしょうか。

“熱中症になりそうな人だけ”でいい? 冷房支援に必要な人権の視点

アメリカのバイデン政権下では、こうした発想から、元々は冬の暖房費支援が目的であった低所得家庭エネルギー支援プログラム(Low Income Home Energy Assistance Program、以下LIHEAP)を、夏の冷房支援対策としても位置付けました。2022年には年間80億ドルの予算に達し、史上最大の規模となっています。バイデン政権ではこの制度を「健康・人権・気候適応政策の柱」として位置づけたことで、個人住宅の冷房支援を積極的に拡充(注3)。しかし、気候変動を否定するトランプ政権下で再びこの政策が危機に立たされています。

 

 一方、日本の対策は、「熱中症対策」という狭い問題設定となったまま。加えて、「適切な室内温度」を確保するための現状の経済支援が「高齢者がいる生活保護世帯」という極めて限定的な範囲にしか適用されていないことも問題です。

 

2018年以降、厚生労働省は新たに生活保護を受けた世帯に対しては、高齢者など熱中症リスクが高い人が含まれる場合に、エアコン購入費の支給を認めました。ただし、その運用さえも自治体でばらつきがあり、利用が進んでいない実態が指摘されています(注4)

 

こうした実態もあり、国会ではその後、生活保護世帯に対するさらなる支援の拡充について議論が行われました。その結果、2023年の「気候変動適応法」の改正法時には、附帯決議に「住宅等の断熱の加速化やエアコン設置支援、生活困窮者や低所得者などへのエアコン使用に掛かる支援なども含めた適応策及び緩和策の両輪の取組を推進すること。」を明記。しかし、それが実行に移されるかは不透明です。

 

このように、熱中症対策として議論をする限り、リスクが高い高齢者など、特定の対象だけの問題として矮小化されてしまいます。本来であれば「安全な室内温度の確保」は人権問題であり、あらゆる世代にとっても実現されるべきものです。この視点に立った対策の議論が必要でしょう。

 

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注1)気象庁2024『気象業務はいま』「特集1地球沸騰時代が到来!?〜気象庁の気候変動に対する取り組み」https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/hakusho/2024/index1.html#toc-001(2025年4月22日取得)

注2)改正気候変動適応法について詳しくは環境省の熱中症予防情報サイトをご覧ください。

https://www.wbgt.env.go.jp/doc_ccaa.php(2025年4月22日取得)

注3)LIHEAP(低所得家庭エネルギー支援プログラム)の公式サイト

https://acf.gov/ocs/programs/liheap(2025年4月22日取得)

リーフレットや動画配信などで危機支援情報を発信している。

注4)朝日新聞デジタル2023年7月31日最終更新「生活保護世帯の冷房購入費、ぶれる自治体判断 支援者「基準徹底を」」https://www.asahi.com/articles/ASR7X5DFLR74UTFL01W.html(2025年4月22日取得)