
「暑さ=身体リスク」だけではない 心理的影響の可能性に注目を
本記事に先立ち、リサーチチームコラム「熱中症にならなければ大丈夫ではない 安全な室温はすべての人の権利」を公開しました。本記事はその続編です。
世代に関わらず、すべての人にとって「安全な室内温度の確保」が必要不可欠であるとの視点から、チキラボが2024年9月に実施した「社会抑うつ度調査」(注1)の結果を振り返ります。
調査では、「夏の暑さ対策として、どのようなことを行っているか」を複数選択可能な形で聞きました。その中に「家の中では冷房器具を使う」という項目も設定しています。冷房器具を使用することで、安全な室内温度の確保しようとする人はどのくらいいるのでしょうか。
結果を確認すると、「こまめに水分をとる」が68.3%と最も選択率が高く、次に「家の中では冷房器具を使う」という回答が62.5%を占めました。
それ以外の対策としては、「外出を控える」という根本的な対策が48.5%と約半数の人が行っていることがわかります。そして「帽子をかぶる」「日焼け止めを使う」「日傘を使う」が大体3割の実施率。 その他の対策が1割強〜弱の実施率で行われている状況でした。

図2 チキラボ・2024年9月実施「社会抑うつ度調査」より 暑さ対策の結果(単位%)
このように、冷房器具の使用によって安全な室内温度を確保している人は、多数にのぼっています。しかし、ここで注目すべきは、約4割近くの人が冷房器具を使用していないと回答している実態です。
では誰が「利用控え」をしているのでしょうか。「冷房器具を使用している」の選択率を世代別、世帯年収別に確認してみましょう。
分析の結果、「利用控え」が目立ったのは20・30代。 さらに、世帯年収を200万円未満と200万円以上のグループに分けて比較したところ、この年代に限って、「冷房器具を使用している」と回答した割合に、世帯年収による差が見られました。
つまり、20・30代という若年世代では、他の世代に比べ「利用控え」が起こりやすいことに加え、経済的に厳しいほどその傾向が顕著になるという関連が明らかになりました。20・30代は「安全な室内温度の確保」が「我慢の対象」になってしまう世代であると言えるのかもしれません。

表1 年代・世帯年収と冷房器具使用の関連
冷房の使用を控えることは、室内での熱中症リスクを高めるのはもちろんですが、メンタルヘルスに対しても悪影響を与えている可能性が、次の分析結果からわかります。
「抑うつ度」というメンタルヘルスを測定する心理尺度(注2)と経済状況、年齢、性別、「やむをえず屋外にいる時間」、現在の職業が非正規または無業か否かという、これらの諸条件がどのようなものであったとしても、冷房を使用していない人ほど「抑うつ度」が高いという結果が得られました。冷房の使用とメンタルヘルスの関係は、統計的にも有意な関連が見られました。

表2 「抑うつ度」を従属変数とした重回帰分析
このように、「社会抑うつ度調査」のデータから、気候危機による健康被害の問題が「低所得世帯の高齢者の熱中症の問題」に矮小化されてしまうことによって、取りこぼされてしまう世代や不可視化される健康被害が存在することがわかります。
さらに調査では、暑さ対策として、政府のサポートについても複数の選択肢を設け、のぞむものをすべて選んでもらう形で回答してもらいました。その中で冷房費を含む光熱費への経済的支援を求める声は「少しそう思う」「強くそう思う」を合わせると8割〜9割となっています。このことからは、現在、冷房を使用できている人々にとっても、その経済的な負担は決して軽くはない状況もうかがえます。

表3 政府に求めたいサポート
猛暑が日常になった今、すべての人に「安全な室内温度」を
「安全な室内温度の確保」は権利です。
この視点から、地球沸騰化時代の気候環境にすべての人々が適応できるための政策が必要です。猛暑が日常になった今、「熱中症対策」という狭い問題設定と、特定の世代に向けた啓発をベースとする現在の対策を抜本的に見直す時ではないでしょうか。
「利用控え」は高齢世代よりも、むしろ、若年世代で生じている可能性があります。特に、経済的困難を抱える層では、その経済的な問題ゆえに「安全な室内温度の確保」を我慢しなくてはならない状況があるのかもしれません。この猛暑によって、誰しも熱中症になるリスクがある上に、メンタルヘルスにも影響を与える可能性があります。「熱中症対策」にとどまる限り、「利用控え」を行う若年層のリスクの高まりは見えなくなってしまいます。
誰しも「安全な室内温度」のもとで暮らせるにはどのような支援や仕組みが必要か。この視点からの政策議論を求めます。
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注1)チキラボの社会抑うつ度調査については、末尾の説明を参照いただきたい。
注2)「抑うつ」は以下の9つのことが、2週間の間にどのくらい頻繁にあったかを質問することで、測定しています。
- 物事に対してほとんど興味がない、または楽しめない
- 気分が落ち込む、憂うつになる、または絶望的な気持ちになる
- 寝付きが悪い、途中で目がさめる、または逆に眠り過ぎる
- 疲れた感じがする、または気力がない
- あまり食欲がない、または食べ過ぎる
- 自分はダメな人間だ、人生の敗北者だと気に病む、または自分自身あるいは家族に申し訳がないと感じる
- 新聞を読む、またはテレビを見ることなどに集中することが難しい
- 他人が気づくぐらいに動きや話し方が遅くなる、あるいは反対に、そわそわしたり、落ちつかず、ふだんよりも動き回ることがある
- 死んだ方がましだ、あるいは自分を何らかの方法で傷つけようと思ったことがある
【チキラボの社会抑うつ度調査】
チキラボの「社会抑うつ度調査」では、人々の心理状態の推移を追いかけています。災害や景気、政治イベントやメディアイベントなどによって、メンタルヘルスがどう変化するのか。そのデータをもとに、自殺対策やメンタルケアをはじめとした、様々な対策・提言につなげていくことをチキラボでは目指しています。
2024年9月調査の手法は、株式会社アイブリッジのモニターを対象にしたウェブ調査となっております。一定の割り付けを行いつつ、ランダムサンプリングによって調査対象者を抽出しているため、日本社会の一般的傾向を推計できるデータとなっています。また、データの精度を少しでも上げるためにサティスファイス項目(文章を読んで回答しているかを尋ねる疑似質問)を設け、その質問をクリアできた回答者のみを「有効回答」とし、分析をしています。
2024年9月調査では株式会社アイブリッジが保有するモニターのうち、18〜79歳の男女1003名の回答を得ました。全国の地域・性別・年齢の人口分布に合わせて調査対象者の割付を行っています。最終的には2つのサティスファイス項目を通過した846名を有効回答とし、分析をしています。